機械化自動化AI化
強盗が頻発している。日本はこんなに治安が悪かったかな?と思う程に、自宅での強盗を始め、ホテルスタッフさんや女性院長のクリニックなど、様々な場所で金品目当ての強盗が行われている。もはや1人だろうと2人だろうと、男性であろうと女性であろうと、誰彼構わず襲われている。お金があろうがなかろうが、自宅で襲われるか勤め先で襲われるか、くらいの差しかない。そして某証券会社の営業マンが自身の顧客リストにある顧客の自宅を襲ったとの事。(さらにそのリストが闇バイトに、、?真相はわからないけれど。)世も末だなと思うと同時に、私は会社の人間だろうと社会的立場や地位のある人間だろうと、人間は誰も信用できないと思っている。証券マンだろうが銀行マンだろうが、郵便局員、公務員、医者、弁護士、検察官、どの職業においても必ず悪事を働く人間がいる。もはや顧客の個人情報管理などは全て機械化自動化AI化なんかをして、どの職員も一切顧客の個人情報が見られないような仕組みになってほしい。そうするとカスタマーサポートの際なんかに困るのだろうが、それもAIがもっと発達したらなんとかなりそうである(語彙力)。とにかく生身の人間に個人情報を知られる事が1番のリスクだ。もっと小さな個人店、例えば整体や美容院なんかでも、住所やらを書かされる事もどうにかならないかと思っている。それこそマイナンバーでなんとかならないのか。余程の手続きを踏まない限り顧客の住所など知れないようにして欲しい。自分の住所を知った相手が、何か悪事を考えない保証など一体どこにあるのだろうか。日本は根本的に性善説に頼り過ぎてると常々思う。治安が良かったから成り立っていたシステムばかりである。
個人情報管理なんかもそうだが、とにかく人間を信用し過ぎない事を前提にしたシステムを徹底して欲しいと思う。車の運転もテスラのように自動運転が主流になれば(機械が誤作動を起こさない限りは)変な事故も減るしお年寄りも安心して乗れる。また人間関係においても、身近な相手につい愚痴や不満を漏らし、あっという間にそれが噂となり狭い村社会に広まってしまうよりは、誰かに言いたい愚痴や不満はchatGPTなんかに投げて(通り一遍のイラつく返答しかよこさないかもしれないが)スッキリ解決だし、独り身で寂しさを感じる人もAIや機械(私はそれこそドラえもんのような便利なロボットが欲しい。)なんかが代用してくれる。人間関係は別れの時が1番エネルギーを消耗する。ある程度歳を重ねると、不用意に人と深く関わる事はトラブルやゴタゴタのリスクを増やすだけだとすら思う。人間相手だと、面倒臭いしがらみからなかなか縁を切れない事も、機械相手であれば古くなったものはアンインストールをしてハイさようなら、無駄もなく実に合理的で便利だと思う。私のようにドライな考えを持つ人は少ないのだろうか。
先日、ロボットドリームズというアニメション映画を飛行機内で見た。(日本公開は11/8頃のようで、以下ネタバレを含むので注意いただきたい。)簡単に言えば人間の孤独を埋めてくれるお友達ロボットの話で、ロボットにも感情があり、主人との友情が芽生える。けれどなんやかんやありお互いのいる状況や役割、立場が変わり、最後はお互い元気でねさようなら、な話である。ララランドにどこか通じる話だ。レビューを見ると「切ない」などの感情が感想として描かれていた。私はある程度「このラストは切ないな」とは思いながらも、どこか冷静に「まぁそういうもんだろ」とも思っていた。これが犬や猫などのペットと飼い主の話ならばまだわかる。私もボロ泣きしていたかもしれない。そもそもロボットである。ロボットをスマホに置き換えてもいいかもしれない。物との友情、という部分にもあまりピンと来ず気持ちが入り込めなかった自分としては(ドラえもんとのび太の話と思えば入り込めるかな、、)、ラストも「そりゃバージョンが古くなったり自身の役割が変わったらさよならだろ、任務を遂行するために生み出されたのだから」としか思えなかった。なんとも非情で冷たい人間である(自分で言う😂)。これが10年連れ添った間柄の仲ならばあわよくば泣いたかもしれない。長けりゃいいってもんでもないが、出会ってまだ1年にも満たない(確か、、うろ覚え)ぽっと出の関係だ。別の視点として、そもそもロボットとして作られた以上、ロボットが余計な感情を持ってはいけないと思う。←我ながら嫌な女である。感情が入ると、正確に忠実に自身の業務を行えなくなる恐れがある。人間には感情があり感情なしに行動する事が難しい生き物だからこそ、人間には難しい任務を無感情に行い、生活を便利にしてくれるのがロボットだから。でも感情なしのロボットだったら、そもそもお友達として仲良くなれるのかって部分もあるか、、うーむ。このお友達ロボットのお話は、ある意味人間の恋人同士の話にも、人とスマホなんかの話にも置き換えられるなと思った。どちらにしろ、家族以外の人(物)との関係はやがては別れの時が来て、新しい別の人(物)との新たな関係が始まる。ずっと2人ともが同じ環境に居続ける事は現実的に難しい。価値観も変わる。人生はそれの繰り返しだなと思った映画だった。使い捨て、、と言ったら流石の私も表現の仕方が悪すぎるだろと思うけれど笑、入れ替わりというか新陳代謝というか、環境が変わり価値観や立場が変われば関わる相手も仲間も変わる、だからいつでも(過去を大切にしつつも)振り返らずに前向きに進んでいこう!という内容の映画だった。と思う。(なんとか綺麗目にまとまった!!😂ヨッシャ!笑)
徳島大塚国際美術館、レプリカの「接吻」。絵画や芸術作品も、本物は1点ものの唯一無二だけれど、レプリカは代替可能、いくらでも複製可能で取り替え可能だなーと思う。クローンとかもそうか。本物を見にウィーンに行きたいな〜〜。